祥伝社『違国日記①』ヤマシタ トモコ
まずこの感想を読んで頂くに際して。
この感想は、僕が物語の理解のために書き残したものです。
だから僕が感じた事と貴方が感じたことは、大なり小なり、きっと違うと思います。
だけどその違うって事は最大限に尊重されるべきだし、その違いは完全に相互理解出来るものでもないと思います。
でも僕は『違国日記』という物語の素晴らしさを少しでも多くの人と共有したいので、文章をしたためた次第です。よろしくお願いします。
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以降、ネタバレ注意!!!
【物語が示すメッセージ】
物語を通して、僕が感じ受け取ったメッセージ(キーワード)を以下にまとめます。
『他人は自分と違って当たり前』
自分の好きな事は、他人にとって嫌いかもしれない
自分の嫌いな事は、他人にとって好きかもしれない
物語が紡がれていく中で多くの価値観の違いが描かれていた様に感じ、そのすれ違いが産む物語が美しかった。例を挙げれば…
- 孤独に対する、槙生と朝の価値観のずれ
読み手にとって砂漠の比喩が多数用いられ理解し易く、槙生がオアシスでくつろぐ姿は本当に目に浮かびました - 笠町くんの理想(親から受けづいた完璧主義)と、本当の笠町の心
5巻では笠町くんが鬱になった過去が回送として描かれた。
彼が子どもの頃に育つ中で親から植え付けられ、良かれと思っていた完璧主義が、自分(鬱になったこと)や自分に関わる人(槙生や会社の後輩)を無意識に傷つけていたことに気付いたこと
価値観のずれによる衝突と、その後の互いの理解のために心を砕いていく様子が読んでいて、しみじみと理解できた。
『みんなと”違う”という事(&タイトル考察)』
みんなと自分が違うことは恥ずかしい?
みんなと違う他人へ、普通を押し付ける事は罪?
タイトルに『違国日記』とある様に、”違う”って事はこの物語にとってのキーワードだと感じた。
それで僕なり感じたことは「みんなと違う事≒自分らしさ」という事。
ただみんなと違うところが自分の周りの環境から生まれた内容(朝だったら両親が亡くなっている事、叔母が小説家である事)ならば、それは自分らしさにはなりえない。だから朝は自分らしさにずっと悩んでいた。
自分らしさは、自らが悩みながら選んで行動した先(朝の選んだ行動は大学に進学したら一人暮らしするという事)に待っているものだと思う。
それここからはタイトルについての考察ですが。
『違国日記』として朝の未来が明確に描かれなかった理由は、以下の通り。
- 『違国日記』1~11巻
朝視点で槙生という「違国(違う人間)」を描いた物語 - 『違国日記』のその先
それは朝の”朝自身の日記(=物語)”となるから、「違国」ではない。
もし朝の今後を描いた物語が出るなら、違うタイトルが付けられるのだろう。
『他人の感情は分からない』
物事への感じ方は人それぞれ
自分の感情は自分のもので不可侵だから、それはとても尊いもの
幸せや悲しみを感じる要因は人によって異なるから、自分が自分らしく幸福であるためには自らの心と考え方を、一番丁寧に扱わないといけない。
槙生みたいに実里や親と仲が良くないながらも生きているのを見て、兄弟・家族の様な近しい人とは完全に分かり合わないといけない、そんな世間の強迫観念の様なものは気にしなくて良いのだと気付いた。
ただ血縁がある様な人との縁は切ろうと思っても切れないから、槙生が実里を思うみたいに少しずつ折り合いをつけていくしかないんだろう…
『愛しているの示し方(&槙生の詩の考察)』
槙生はコラムの詩として朝への愛を示し
実里は日記を付けて朝への愛を示した
実里の本心は分からないけど、彼女が子供の頃に槙生を馬鹿にしていた文字で伝える事を選んだ。
槙生も自らの信念をぶらさず、文字で伝える事を選んだ。
生前は相容れなかった姉妹達の、朝への愛の示し方が同じ方法に収束して事が奇跡のようでいて、必然の様にも感じた。
ここからは最終話の槙生の朝に宛てた詩について、少し考察してみる。
夜明けよ
あなたは
いつかわたしより
ずっと頑丈な
舟をつくる
- 夜明け=朝
朝のプライバシーを保護しつつ、綺麗な別の言葉に置き換えているのがさすが小説家である槙生って感じ - 舟=大人として独りで過ごすために精神的に確立した心(精神)を意味する
そして漕ぎ出す
風を懸命に帆にはらんで
その舟の床板は
釘は
へりの小さなささくれは
わたしたちが
戦い築いたあかしだろうわたしたちと
もっとずっと前の
わたしたちだったのもいつかあなたたちになるもの
わたしたちは
舟をつくるそして漕ぎ出す
- わたし=槙生
- わたしたち=朝の人生に関わった全ての人
この節では朝の心の成長と確立に、わたしたち(=朝に関わった全ての人)との交流が礎になっている事を示している
夜明けよ
あなたはわたしたちよりも
ずっと頑丈でどこまでも
泳ぐ舟をつくるわたしはあなたの
舟を押して
岸に残る者になろうわたしはあなたの
錨となって海に沈もう波をきりさく舳先となろう
あなたがいつかすっかり
忘れて構わないものになろうあなたが見るその黎明は
わたしたち 皆が見るのだから
- 岸に残る者=実里
朝が大人になっていく(舟が出る)大きなきっかけ(事故)を与えたは実里。
だから朝が大人になる出発を見届けたのは実里。 - 錨となって海に沈もう=槙生
朝の出港した舟が、ふと泊まる時(安らぐとき)に必要になる錨(帰るべき家、家族)という存在は槙生。 - 波をきりさく舳先となろう=えみり
朝と共に人生切り裂いて進んでいく存在はえみり。
まあえみり自身も彼女の舟を持っていて、あさの舟の先頭にえみりという篝火が常にいるんだと思います。
なぜって言うと、下図の左下の描写でえみりは既に海の上にいて、一方朝はまだ砂浜にいる。
祥伝社『違国日記(8)』59,60頁より引用 同じく下図でもえみりは既に海の上にいて、一方朝はまだ砂浜にいる。
祥伝社『違国日記(11)』95,96頁より引用 えみりは自分自身(同性愛者であること)に向き合い、一足早く大人になって舟の上で朝を待っている。そして朝が海に向いた舳先にはえみりの存在がある。
だから朝の舟の舳先はえみりだと思う。
だから夜明けよ
あなたがどうか
ただ訪れ
ただ新しく
ただいつまでも
そこにありますようにある人の小さな門出に寄せて
この節は純粋に槙生から朝への愛を述べている、と感じる。
ただ訪れ・新しく・そこにありますように、というのはただ健やかに生きていて欲しいという願いで、それこそが愛だと思う。
長ったらしく難しい言葉を使った詩の最後にボソッと愛をささやくのが、いかにも槙生らしい方法で愛を示していると切実に感じた。
【印象に残ったセリフ】
次に個人的に印象に残ったセリフなどを、以下にまとめます。
『朝を誰が引き取るかの場で、槙生が朝に宛てた言葉』
あなたは
15歳の子供はこんな醜悪な場に
ふさわしくない
少なくともわたしは
それを知ってるもっと美しいものを
受けるに値する
親族が朝を押し付け合う様な醜悪な場に、槙生は嫌気がさしたから空気を読まずにズバッと発言するところが、嫌な事をはっきり言う彼女らしくてカッコ良いセリフだと感じた(最後まで読んでも、1巻の最初頁の槙生の鋭い目つきが特に印象に残ってる)
『槙生が朝に日記を付けることを薦めるシーン』
槙生
「日記は
今書きたいことを書けばいい
書きたくないことは書かなくていい
ほんとうのことを書く必要もない」朝
「……日記なのに?」槙生
「日記なのに
別に誰にも怒られないし
書いていて苦しいことをわざわざ書くことはない」
最終話から本作『違国日記』は朝が昔の事を日記として記したものである事が分かる。
作中で日記ってほんとの事を書く必要が無いって槙生が言っている事から、本作(朝が昔を振り返って書いた日記)はフィクションである事を暗に示している。
漫画作品とかで奥付けに”この作品はフィクションです”って書かれる事が普通だけど、そんなの無しでも物語の中でこれほどカッコよくフィクションである事示した作品に初めて出会い感動した
(別にフィクションである事が大事って訳じゃなくて、その示し方がかっけえなって話です)
『卒業式の日に職員室で朝が激怒したシーン』
みんなもうあたしのことを
あたしじゃなくて
「親が死んだ子」ってしか思わない!!ふつうで卒業式に出たかったのに!!
朝が怒ったのは、親が死んだことを改めて教師の口から聞かされた事で、自分の中で咀嚼しきれてない両親の死を唐突に意識させられて感情が揺れてしまったから。
あと「親が死んだ子」ってレッテル貼りされて、朝という人間として見てくれなくなる事に腹が立ったんだと思う。
『えみりに敬語で話す理由を聞かれた槙生の返答』
あなたに敬意を払っているから……?
多分敬意じゃなくて、心底他人に興味ないから分け隔てなく接して波風立てない様にするためじゃないかな?(僕はそう思って他人に敬語を使う節があるから共感した、仲良くなると言葉が砕けてくる傾向にある)
『槙生が朝と肩を組んで励ましているシーン』
槙生
「…朝
あなたがわたしの息苦しさを
理解しないのと
同じようにわたしも
あなたのさみしさは理解できないそれは
あなたとわたしが別の人間だから…ないがしろにされたと感じたなら悪かった
だから……歩み寄ろう」朝
「…わかり合えないのに?」槙生
「そう
わかり合えないから」
上記のメッセージでも書いたけれど。
槙生のセリフが心にしっとりと染み渡ってきて、他人と違うって事・他人の心が分からないって事、それでも分かり合う努力をしようっていうってメッセージが伝わってくる。
『笠町くんが醍醐奈々に鬱になっていたのを打ち明けたシーン』
もっとうまく立ち回れよ
やりすごせよ
努力が足りないんだろ言葉にしなくても思ってた
そういうことがさ全部自分に返ってきたんだよな
言葉にしなくても考えている事って、自分が生きてきた中で当たり前に染みついた思考の様なもの。その思考って幼い頃から生きてきて教えられてきた、親からの教育の様なものなのだと思う。
笠町くんは親からの厳しい教育に嫌になった体験があるけど、彼が嫌にならない程度の完璧さも他人にとっては非常に厳しいと感じる事がある。
自分の当たり前が他人にとっての当たり前じゃない、という事を象徴しているシーンだと感じた。
『軽音楽部の活動でつくった朝の詩を見た、槙生の言葉』
死ぬ気で……殺す気で書く
死ぬ気で 打ち 鍛え 研いで
命をかけて殺す
そういう作業
槙生が言葉を紡ぐことへの覚悟、というか心構えを朝に説いた時のセリフ。
物語を紡ぐって事は死ぬ気で鍛え、研いで、考えて、読者を殺す気で書いたものでないと響かないって意味だと感じた。
他作品になりますが、『これ描いて死ね』の手島先生のセリフに繋がる言葉になっていて、作家がたどり着く境地は同じ場所なんだって改めて気付かされ感動した。
『槙生が朝に何で小説を書くか聞かれたシーン』
槙生
「誰のために何をしたって
人の心も行動も決して
動かせるものではないと
思っておくといい」
「ほとんどの行動は身を結ばない
まして感謝も見返りもない」朝
「なんかさ~~
プロの小説家のくせに……
…なんか…悲観的?」
「っていう感じする」槙生
「説得力があるだろう
ま でも
そうとわかっていて
なおそうすることが
尊いんだとも思うよ」
このセリフで感じたのは、自分の行動原理を他人に委ねる事には何の効果(見返り)を生まないって事。
自分のための行動だからこそ、自分の心が救わる。そのついでに他人が救われれば良いよねって考え方。
槙生が小説を書くのは読者からのファンレターに喜びたいわけではなくて、自分が書くことが性に合っていて、社会に関わる(働くこと)方法が適しているから選んでいる。
槙生は片付けも出来なくて、忘れっぽくて、人が多い所にいると嫌気がさしてしまう人間だから、自分が心地良いと感じる小説家に自然となっていったんだろうな。
まあシンプルに言うと、人から言われて渋々やった事は合わないから、自分の合う道を自分で選ばないと後悔するよってことだと思う。
【キャラ別感想】
ここからは少し気楽に、キャラクター別で僕が感じた感想をまとめていきます。
『高代槙生』
読んでいて、彼女に対して個人的に最も感情移入しました。
孤独を愛して上手く付き合っている所や、僕も二次創作する物書きの端くれとして、作品を作るときの視点などに深く共感しました。
そして朝と同じく、僕は彼女から多くの学びを得ました。それは他者との関わり方についてで具体的に言うと
- 他人の心は完全に理解する事が出来ないこと
- 他人を完全に理解出来なくとも歩み寄ろうと努力すること
- 自分の感情は愛おしく大切にすべきものである
という内容です。
僕は人付き合いがまあ苦手で(笑)、人がどう思っているかを察する事がすごく不得意です。なので人の心を理解する事は出来なくて普通だって知って、少し安心した気持ちになりました。
ただ理解出来ないから諦めるんじゃなくて、理解しようとする事は尊いこと(槙生と朝の関係性しかり)だと物語を通して感じて、人の事を考えようと意識していきたいと思いました。
それと自分の感情を大切にすべきであるという考え方も、この様に物語の感想を残そうとしている活動自体が、自分の感情を大切にしている事の一環であると改めて気づかされました。
『田汲朝』
年若い少女である朝に、いい歳した男(僕)が感情移入する事は少しだけ難しかったですw
ただ中学~高校時代に感じていた、無意味に大人に期待もするし失望する矛盾だったり、大人に自分の道を指し示して欲しい欲望だったり、懐かしい気持ちになる事できましたね。
あと両親について朝ほどショッキングな出来事では無いですが、僕自身もちょっと澱があるので思い返す良い機会になったかと。
『笠町信吾』
彼は親の影響(悪い意味で)が色濃く滲み出たキャラクターだと感じました。
親にこうあるべきと教えられながら育った彼が、槙生に対して自分が与えたものが帰ってくると盲目的に信じて付き合っていたから、彼女に振られてしまった事をずっと心に秘めていた。
槙生は笠町くんをただ人として好きで、愛していなかったから恋人という関係が続かなかったけれど、二人が別れてから親しい友人の様な言葉にしない関係性を構築している所が良かったな…
あと4巻20話で槙生が笠町くんに感じる性的な興奮は、僕が男だからか完璧には理解出来てないな~って思った。
男目線でも笠町くんって鼻筋がスッと立ってて、腕も指も男らしく角ばってて、男らしくて、それでいて正直で当たりが柔らかくて優しくてカッコイイとは思う(笠町/槙生の過去を番外編とかで掘り下げて欲しいな…)
『楢えみり』
百合枠って一言で言ってしまったら、物凄く失礼だけど…
物語を通して様々な性的マイノリティを持ったキャラクターがいて、彼女もその中の一人であるのだけど、描かれ方が自然だからえみりが女の子が好きだって事を自然と受け入れられた気がします。
それと他人は自分と違って当たり前である事の最たる例を、彼女が示してくれたと思います。生きていく中で全てのマイノリティの方々に配慮する事は凄く難しくことだと思うけど、そう努力することや、意識を変えていきたいと感じました。
『高代実里』
物語開始時に既に亡くなっているので、朝や槙生が日々思い悩む問いに答えることが出来ない唯一の人物。
だから僕も彼女が思っていた事を理解出来てない。
でも朝を見ていると、実里が朝の事を愛していた事は伝わってきました。
【さいごに】
この物語を始めて読んだときに、僕はどうにも上手く咀嚼出来ていないと思ったので、感想を書き始めました。
色々と整理できたお陰で、自分が面白かったと思った理由やこの作品の素晴らしさを明確に出来たと思います。
あと今後の実写映画やアニメーションが、この作品の良さをどうやって映像で表現するか凄い楽しみです!
最後になりますが、、、
この感想を読んで頂いた方が、何か新しい視点や感情などを得られたのなら幸いです。